【書評】公認会計士と弁護士が教える「専門家を使いこなす」ためのM&Aの知識と実務の勘所(木村 直人、横張 清威)


【著者紹介】
木村 直人(きむら なおと)
公認会計士。
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。公認会計士二次試験合格後、TAC公認会計士講座選任講師、新日本監査法人、太陽ASG監査法人を経て、2008年に監査法人アバンティアの設立に参画、代表社員に就任(品質管理責任者兼IFRS専門デスク室長)。監査業務だけでなく、財務DDや企業価値評価などのM&Aサポート業務も積極的に展開している。その他、日本公認会計士協会東京会知的財産関連研究PT副構成委員長、千葉大学法政経学部非常勤講師なども務める。

横張 清威(よこはり きよたけ)
弁護士、税理士、公認会計士試験合格者。
2000年明治大学邦画武卒業、2001年司法試験合格、2003年みらい総合法律事務所入所(現パートナー)。2012年監査法人アヴァンティア入所(非常勤)。M&A、契約書、労働問題、会計税務などを得意分野とし、財務法務一括DDを提供している。

【書評】
まず、題名に偽りなしな部分が気持ちいい一冊。中身とタイトルがリンクしていない本、タイトルで煽る本が多いなかでしっかりと中身をぎゅっとまとめたタイトルが付けられていて嬉しい。「勘所」という言葉もよく引っ張り出してきたなというイメージ。言及は実務や事例に絞ってあり、M&Aにおける売り手の気持ちや精神的なものも考慮したテクニックなどには一切触れていない。しかし、M&Aの実務プロセスのみにフォーカスしているわけでもなく、法務DD、税務DDを行う、任せる際の注意点が紹介されているが、その着目点が他の本とはいい意味で違う部分が多い。また、その勘所を浮かび上がらせるために、似て非なる事例比較が豊富ですごく分かりやすい。そして、DDと監査の違い、DDの限界についても詳しくそして正直に書かれている。また著者は事業承継としてのM&Aは特殊ケースとして考えており、買収対象会社には「何かしらの問題がある」という前提で書かれている。

【抜粋/まとめ】
■検討開始からクロージングまでの大まかな流れ
フェーズ1
・M&A戦略の策定
・対象企業の選定

フェーズ2
・買収意向表明
・統合計画、買収価格試算等
・基本合意書締結
・DD実施

フェーズ3
・買収条件交渉
・買収契約書締結
・クロージング

■M&Aは失敗のリスクが高い
そもそも論として、M&Aは失敗のリスクが高いものです。なぜなら会社が売りに出るにはそれなりの理由があるからです。もちろん、場合によっては事業は順調であっても、後継者不在という経営課題に直面したオーナーが株を手放すということもあり、売りに出ている企業のすべてが業績不振企業というわけではありませんが、買収金額を低く抑えることのできるケースでは、何かしらの経営課題を抱えていることが大半であり、買収後に思ったような成果を出せないリスクも高いと考えるべきです。このような言い方をしてしまうと、M&Aのメリットなんてどこにもないじゃないか!と思ってしまう方もいるかもしれませんが、決してそんなことはありません。M&Aはもともとこういったリスク内包したものであることをきちんと認識した上で、明確なM&A戦略に基づいて実行すればよいのです。問題なのは、単純にボリュームを増やしたいという邪な気持ちだけでM&Aを実行してしまうケースや、具体的議論がないままに「シナジー効果」という言葉だけが独り歩きするケースのように、失敗するべくして失敗するM&Aです。

■M&Aを成功に導く大前提
世の中には非常にうまくM&Aを活用している企業もあります。そのような企業は、自社の経営戦略上「M&Aの目的は何なのか?」「M&Aでなければならない理由は何なのか?」を明確にした上で、新たな経営資源の獲得手段のひとつとしてM&Aを位置づけて、M&Aが最適な手段と認められる場合にだけM&Aという手法を選択するということを自然に行っているものです。そういった軸がしっかりしているからこそ、業績不振の問題企業を買収しても、M&Aの検討段階から適切に問題点を把握して、その後の改善の道筋をつけておくことが可能となり、買収後に見事に業績を回復させるという形でM&Aを成功に導くことができるのです。

■M&Aに登場する主なプレイヤーとその役割
ファイナンシャルアドバイザー(FA)
M&A戦略やスキームに関するアドバイス、対象企業の事業分析、買収価格評価、買収交渉サポート等、M&A全般にわたって全体をコーディネートする。
FAの担い手は様々で、場合によっては買い手社内の人材で役割を担うこともできる。一般的には銀行、証券会社、M&Aアドバイザリー会社、コンサルティング会社、独立した個人のM&Aアドバイザーなど様々な主体が考えられる。

弁護士(法務DD)
法的な観点から買収対象企業のリスクを洗い出し、M&Aにおける阻害要因の有無、フォローすべき法的問題点の有無等について調査を行う。
また、M&Aに係る様々なドキュメント、例えば基本合意書や買収契約書を作成したり、法律専門家の立場からのアドバイスを行うこともある。

公認会計士(財務DD)
財務的な観点から買収対象企業のリスクを洗い出し、資産査定や簿外債務の有無等を踏まえた買収対象企業の財務実態についての調査を行う。
一般的にはFAがここの案件に応じて適切な専門家を紹介しコーディネートしていくことが多いですが、ケースによっては買主となる企業が自ら選定をすることもあります。

その他専門家
人事面に関するDDを深く行う必要がある場合には社会保険労務士による人事DDを行うことがある。ITシステムの詳細な調査が必要であるにも関わらず、自社内の情報システム部門だけでは対応できないような場合には外部のIT専門家に依頼してITDDを行うこともある。その他、そう多くはないものの、不動産鑑定士や環境関連の専門家をチームに加えるケースもあります。

会計監査人
M&Aの意思決定プロセスには関与しないが、M&A後のスムーズな監査のためには早めの段階から情報共有することが重要。

税務顧問
M&Aの意思決定プロセスには関与しないが、M&A後の税務上の論点について一定の段階から情報共有することが望ましい。

■DDを依頼するタイミング
基本的には売り手、買い手の間でかなりの確率でM&Aを行うことが煮詰まった段階で各種専門家にDDの依頼が行われることが一般的です。しかし、この段階ではすでに基本合意書(LOI)や秘密保持契約書(NDA)が締結済みです。当事者は売却買収の意思が固まっているため早期にDDを実施したいと考えていますが、急にDDの依頼がなされるため監査法人や法律事務所においてDDメンバーを早期に集めることができないという問題があります。監査法人には明確な監査繁忙期が存在し、繁忙期には思うようにDDメンバーを集められません。法律事務所においても、DDの現地調査に対応できる弁護士を集めることはある程度先でなければ困難です。
以上の問題点を踏まえると、M&Aを実施することが確実となる前の段階から、あらかじめ監査法人や法律事務所に打診を行い、大まかな日程や人員を確保してもらうよう手配しておくべきだと考えます。その際に「今後の交渉経緯によってはDDを実施しなくなる可能性もある」ということを告げていれば、たとえDDを実施しないことになったとしても特段費用が発生することはありません。また、同時に簡単にスキームについて相談を行い、初期段階から専門的アドバイスを受けておいた方が不合理な買収価格という被害を受ける恐れも減ると思います。

■事業DD
事業DDはまさに買収しようとしている事業そのものに対するDDです。明確な定義が存在するわけではありませんが、最終的には、買収対象事業の将来性や自社との事業シナジー効果、また事業が内包するリスクなどの評価を目的として行うDDで、以下のような内容を含みます。
・事業構造(ビジネスモデル)や収益構造の理解
・対象会社が取扱鵜匠製品、サービスの特徴と理解
・業界特有の商慣習の理解
・対象会社が属するマーケットの理解とポジショニング把握
・対象会社に関わるSWOT(強み、弱み、機会、脅威)分析
・マネジメント体制に係る課題の把握
・コアとなる経営資源の把握と買収後のリスク評価
・その他、経営上の課題全般についての把握
・上記を踏まえた将来事業計画の評価

■DDメンバーの最適人数
M&Aを検討している対象会社の規模や業務量に応じて定まることになるため、最適人数は状況に応じて変動し、すべてのケースに当てはまる最適人数というものは存在しません。ただし、それほど大規模なM&Aでなければ、財務や法務DDプレイヤーごとに3〜5名程度であることが一般的です。あまり人数を増やしたとしても、DDの全体像を把握していないメンバーが増えるだけではかえって効率を落とすことになりかねません。メンバーの人数が増えるとそれだけ現地調査の日程調整が困難になりますし、メンバー間の意思統一も困難になります。

■DDの基本的な流れ
1.キックオフ会議
買い手と各種のDDプレイヤーが一同に介して、DDプレイヤーの顔合わせ、プロジェクト概要の説明、買い手が把握している情報の説明、大まかなスケジュールの調査などを行う

2.資料請求
各種DDプレイヤーが依頼資料リストを作成し、対象会社に対して資料準備を依頼

3.事前資料の分析
PDFやペーパー等で入手可能な資料をもとに事前分析

4.現地調査
事前にODFやペーパーで入手できない資料の閲覧や、関係者へのヒアリングを中心に現地調査の実施を行う。現地で完了できない部分は後日追加資料のやり取りでフォロー

5.報告会
DD報告書(ドラフト)をもとに報告会を実施、その後微調整を経て最終報告書の発行

■DDの特徴と限界
DDは限られた時間と予算制約の中で実施するものであり、提出された資料がそもそも偽造されているのではないかという疑いを持って臨む不正調査とは根本的にアプローチが異なります、DDにおいては、あくまでも提出された資料はすべて真正なものであるという前提で調査を行います、調査においては、契約書などの資料についてすべてファイルの中から原本を確認していたのでは時間がかかりすぎることもあり、契約書のコピーをPDFなどのデータで入手するということも多いのですが、その際にそれが本当に原本と一致しているのかどうかまでは通常確かめないということです。財務諸表監査などでは必ず行われる現物資産の実査、実地棚卸への立会、取引先に対する確認手続きといった強い証拠力を得るための手続きなども行われないのが通常です。
また、関係者への質問についても同様です。基本的には関係者に質問をして得た情報については、すべて真実の情報であるものとして取り扱います。
その他、場合によっては依頼した資料が入手できないケースや、質問に対する回答が得られないままDDが終了する場合もあります。そのような場合においては、報告書の中で、必ずその旨が触れられることとなりますが、このことが意味するのは、DD報告書はすべての課題やリスクを網羅するという性質のものではないといういうことです。

■監査とDDの違い
DDにおいては、監査のような全体としての保証といった概念もなければ、厳しいレギュレーションが存在するわけでもありません。全体について保証する監査とは異なり、DDとは買い手と外部専門家との間で号した内容に基づいて、M&Aに関する様々なリスクをそれぞれのテーマについて部分部分を切り取るような形で洗い出して報告するというものなのです。したがって、DDを行ったからといって、外部専門家からお墨付きをもらったような形で受け取るのは街会です。あくまでも、経営判断を行うために、自社のリスクマネジメントの一環として、外部専門家にも一部協力をしてもらったというように考えるべきなのです。

■一般的な財務DD報告書の目次サンプル
1.調査の概要
・調査対象会社
・調査基準日
・調査方法の概要及び前提条件
・調査対象事業所及びスケジュール
・調査対象会側応答者
・調査担当者

2.会社の概況
・会社の設立
・事業目的
・株式の状況
・役員、従業員の状況
・子会社の状況

3.事業の概況
・事業内容
・過去の財務数値
・基準日以降の主要な変動

4.重要な会計方針及び会計処理の方法

5.財務調査手続きとその結果
・調査基準日現在の修正貸借対照表
・資産関係
・負債関係
・偶発債務

■修正貸借対照表とは
売り手から提出された基準日時点の貸借対照表について、様々な視点から調査を行った結果、必要と考えられる修正処理を施した上で得られるのが、調査基準日時点における修正貸借対照表です。非上場企業の場合、おもったよりもかなりの件数、そして金額についての修正が必要になるケースが大半です。非上場企業の決算書は、上場企業とは異なる会計方針に基づいて作成されているとともに、監査も受けておらず、ご都合主義で決算数値を操作することも珍しくないためです。そのため、そのような過去の膿を財務DDを通じてすべてきれいにすると、当初提出された貸借対照表よりも、かなり財務状況が悪化していることが明らかになるケースも多くあるのです。

■資産は「実在性」と「評価の妥当性」
資産の実在性は、その資産が本当に実在しているのかどうかという視点です。一方で評価の妥当性とは、その資産が実在するとして本当に金額に見合う価値があるのかどうかということになります。例えば売掛金について考えてみると、得意先に対する売掛金がたしかに正当な取引に基づくもので、債権として実在しているかどうかという視点が実在性の視点であり、実在しているとして、きちんと回収できるのかどうかという視点が評価の妥当性の視点です。仮に実在しておらず架空ということになれば大きな問題ですし、実在するとしても相手先が倒産してしまった等の理由により回収できないとなれば、結局は価値がないということでこれも問題です。そういった資産が価値がないものとして損失処理されていれば特に問題はないのですが、その処理がなされずにそのまま資産として計上されているケースがほとんどなのです。ですから、財務DDをによってそういった資産の有無を把握するとともに、適切な資産査定を行う事が必要になるのです。

■負債は「網羅性」
負債については網羅性が最も大切なポイントとなります。つまり、負債がもれなく貸借対照表に計上されているかどうかということです。この網羅性に関しては大きくふたつの点がポイントとなります。ひとつは引当金です。例えば従業員に対する退職金制度を有している場合には、将来負担分を見積もって、退職給付引当金という負債を計上する必要がありますが、非上場企業のケースではこういった将来負担分を示す引当金がまったく考慮されていないことが非常に多いです。もうひとつのポイントは簿外債務の有無です。本当は債務を背負っているのに、貸借対照表に計上されていないということですが、具体的には債務保証、係争事件、未払労働債務などに注意が必要となります。

■棚卸資産の実在性と在庫管理
売掛債権と同様に、棚卸資産についてもその実在性を検証するのは財務DDにおいては実のところ困難であるといえます。財務諸表監査などの場合には、監査を行う公認会計士が自ら企業の実地棚卸に立会、自らも抜き取り検査を行って、実地棚卸が手黄瀬悦に行われているかどうかを生でみて確認するということを行いますが、財務DDの場合には、基準日時点までタイムスリップするわけにはいきませんから、同じように検証することは不可能です。
そこで、代わりにどのようなことを行うかというと、まずは対象会社がどのようなプロセスで在庫の数量と単価を確定しているかを質問等によって把握し、その上で、対象会社が基準日時点で行った実地棚卸の記録を閲覧します。ヒビの在庫管理や実地棚卸が適切に行われている企業の場合には、実地棚卸において帳簿残高と実地残高の差異が膨大になることはありませんし、一部について差異が生じた場合であっても、その最理由がきちんと調査されており、合理的な差異であることが確認できるものです。反対に、このような状況にない場合には、日々の在庫管理または期末における実地棚卸手続きに何らかの不備があると考えられ、貸借対照表に計上された棚卸資産残高の信憑性も薄らいでしまうことになります。

■棚卸資産の評価の妥当性
売掛債権と同様に、棚卸資産についても、修正仕訳が出やすいのは「評価の妥当性」の側面といえます。すなわち不良在庫の問題です。販売可能性が乏しい在庫については、もはや価値が既存していると考え、本来であれば評価損を計上スべきなのですが、税法基準で決算を行っている多くの企業はそのような健全な会計処理を行うことはしないのが通例です。したがって、財務DDにおいては対象会社が保有する棚卸資産の滞留状況を把握するとともに、今後の販売可能性に鑑みて、適切に評価を行った上で、必要とあらば評価損の計上を行わなければならないのです。

■リース契約の取扱
通常の企業が当たり前のように利用しているリース契約ですが、これについても注意が必要です。リース契約の中には、形式的には賃貸借の形をとっているものの、解約不能であったり多額の中途解約違約金条項の存在によって、実態としては資産購入と同様の契約も多く存在します。こういったリース契約については、リース資産という形で資産計上するとともに、将来にわたる支払い義務をリース債務として負債計上するのが現在の会計ルールです。しかし、非上場企業の場合には、こういった会計ルールをきちんと適用していないケースも多いため、財務DDの中でリース契約の全体像を把握した上で、計上漏れとなっているリース資産とリース債務を把握することが必要となります。
リース資産とリース債務を適切に認識することそれ自体は、何ら純資産の毀損を招くものではありません。資産と負債が両建てで計上されるだけの話ですから当然です。問題になるのは、資産として認識したリース資産の方の価値が、もう資産の使用見込みがない等なんらかの理由で毀損しているにも関わらず、将来の支払い義務だけが残ってしまっているケースです。このおうな場合には、価値のないリース契約だが、仮に中途解約したとしても結局は満期までのリース料相当額を支払わなければならないという形で残ってしまっている支払い義務相当額の分だけ、純資産が毀損する結果につながってしまいます。

■ソフトウェア資産の財務DD
自社でソフトウェア開発を行う場合などは、社内で発生した人件費などを集計した上で、資産計上するものであるために、資産計上額が過大になりやすいですし、外部環境として技術的進歩が急速なケースも多く、償却期間が終わる前に陳腐化してしまうリスクが高いといって特徴があるなど、ソフトウェア資産ならではの特徴を理解しておく必要があるといえます。このような特徴を踏まえた上で、ソフトウェア資産については、その資産性を厳しく評価することが会計ルールにおいては定められています。基本的な発送としては収益性が認められる(コスト削減効果という意味での集積性も可)ソフトウェア以外は、ソフトウェア資産として認めないというものです。これは、最初にソフトウェア資産を計上するときもそうですし、その後もそういった用件を満たし続けているかどうかを継続的に検討していくことと求めているものです。
ですから、財務DDにおいても、対象会社が計上しているソフトウェア資産については、このうな会計ルールが求める用件を満たしているものなのかどうかを慎重に検討した上で、要件を満たしていないと判断される場合には、資産としては認めずに修正を施すことになります。

■その他の無形資産(電話加入権)
ソフトウェア以外の無形資産についても、基本的な発送は大きくは変わりません。日本企業の場合、特別な理由がなければソフトウェア以外の無形資産を多額に計上しているケースは稀です。典型的なテーマとして話題になるのは電話加入権です。電話加入権は法人税法において、非償却資産とされているため、取得原価でそのまま計上されていあすが、現在の環境をふまえれば、実質的に価値は無いものと考えられるため、財務DDにおいては一般的に電話加入権については減損処理を行います。計上額が少額のケースにおいては大した影響はないかもしれませんが、コールセンターを保有している場合など、計上額が多額になるケースでは無視できない影響が生じることもあるため、注意が必要です。

■知的財産の財務DD
知的財産の場合は他の無形資産とは逆のケースが多いです。つまり、過去に研究開発費などで費用処理してきているため、貸借対照表には資産計上されていないが、特殊な技術やノウハウなどの知的財産が無形資産として一定の価値を有しており、しかもM&Aの対象がそういった知的財産を獲得する目的であるような場合です。
このような場合においては、財務DD及び企業価値評価においても、企業価値の中に占める知的財産の価値の割合が非常に大きくなるケースもあり、貸借対照表には計上されていない知的財産の価値をどのように考えていくのかが大きなテーマとなります。

■貸付金
金融業を営んでいるということでなければ、通常の事業を行う範囲の中で他人や他社に対して資金を貸し付けるというのはイレギュラーな事象であるといえます。取引先の支援といった形での貸付が行われることも有るでしょうが、取引先の支援であれば、通常の商取引の中での支払猶予での対応が普通であり、それを超えて別途資金を貸し付けるという状況はよほどの状況であると考えるのが自然です。ですから、一般の事業会社において、貸付金勘定の残高画が存在するという場合は、注意をしてみなければなりません。どのくらいの期間滞留しているのかといった観点から回収可能性を検討することだけにとどまらず、そもそもどのような経緯で貸し付けるに至ったのかという点についても十分に検討をしておくことが必要になります。

■負債残高の網羅の限界
例えば「現金が100円ある」ということを検証したければ、実際にその100円を確かめれば実在しているということが確認できます。一方で「その100円以外には現金はない」ということを検証したい場合はどうすればよいでしょうか。これはなかなか難しい問題です。どこまで調べても、絶対にないと言い切ることはこんなんだからです。これが網羅性の検証の厳しさです。他にはないということを100%言い切るのは極めて難しく、シンの意味での網羅性の検証をすることは不可能なのです。無いことの証明は悪魔の証明であると言われる所以です。

■借入金についての留意事項(コベナンツ条項)
借入金についてはその残高だけでなく、調達の条件なども十分に確認しておいた方がよいです。基本的な借入条件や調達金利はもちろんですが、注意しておきたいのが財務制限条項などのコベナンツの有無です。
例えば、赤字が継続した場合や純資産額が一定基準額を下回った場合には、対象会社が期限の利益を喪失し、約定における弁済期限前でも、銀行が早期弁済を迫ることが可能になるといったような条項のことです。こういった特殊な条項が存在していないかどうかは、残高とは別に、事前にしっかりと確認しておく必要があります。

■税務リスクと税務DD
税金についてまず気にしなければならないのは、対象会社において何らかの形で税務上の取扱が否認されることによって、追徴課税を受けてしまうようなリスクについてです。つまり、過年度や調査時点において、脱税や租税回避行為に該当するような行為がないかどうかという観点から、検討を加える必要があります。ただし、このような調査は、深くやろうとするとかなりの工数を要するものであり、一般的な『財務DD』においてはそこまでの詳細な調査を行わないケースが大半です。必要がある場合には、あらかじめ依頼をして、税務専門家を財務DDチームに組み込むか、財務DDとは別建てで『税務DD』という形で切り出すなどの対応が必要になります。

■財務DDのスタンス
財務DDはそもそも対象会社のリスクを洗い出すというのが基本的な発想ですから、資産はできるだけ厳しく見積もっていくことになるというのが基本的なスタンスであると理解しておきましょう。

■引当金
将来において何らかの費用等が発生する場合において、将来どの程度の負担が生じるのかを見積もって、あらかじめ計上しておく負債のことを一般的に引当金と呼びます。既に原因となる事実が発生していて、将来発生する可能性が高く、金額の見積もりが可能であれば、そのような負債を引当金として計上することが会計ルールでは求められています。しかし、監査法人の監査を受けている上場企業の場合と異なり、非上場企業の場合にはこういった引当金を適切に見積もって計上しているということは極めて稀です。ですから、財務DDにおいて、このような引当金を漏れなく把握した上で適切に負債として織り込むことが必要になります。まったく計上していない状態からのスタートとなるため、影響額がかなりの金額になり、純資産の大幅な毀損につながるケースもしばしばです。

■資産除去債務
環境債務のみに限定すること無く「法律上の義務」と「契約所の義務」を対象として、何らかの資産を将来撤去する際に生じる負担をあらかじめ負債として計上するように求めることになったものです。そのため、土壌汚染などの環境法制に対応する義務のみならず、低地借地契約やオフィスの賃貸借契約に基づく原状回復義務なども、こういった資産除去債務として負債計上すべき対象となります。財務DDにおいても、資産除去債務の把握は重要なテーマのひとつになります。例えば、地方の支店や事業所を多く有している場合や、小売店などで他店舗展開している場合などはこういった資産除去債務の影響も大きくなりがちです。

■その他の引当金
基本的には、将来負担が相当程度確実に見込まれる場合には、引当金を負債として認識する必要があるので項目が多岐にわたってしまいます。例えば、販売済みの製品について一定期間にわたり無償での保証を行っている場合は、そういった義務の履行により生じると見込まれる将来負担を製品保証引当金として計上するケースがあります。また、個別受注形態をとっているビジネスにおいて、何らかのトラブル等により将来において赤字案件となることが確実に見込まれる場合には、将来の赤字負担見込額を受注損失引当金として計上します。その他「状況に応じて引当金として認識スべき負債は漏れていないだろうか」という意識を持っておくことが大事です。

■偶発債務
偶発債務とは、財務DDにおいて非常に厄介なテーマのひとつです。偶発債務とは、現時点においてはまだ現実の債務となっていないものの、将来において潜在的に損失を被るリスクを内包したものを指します。現時点において現実の債務となっているわけではないため、貸借対照表に負債として計上されることはないのですが、だからといって将来の潜在的なリスクをはらんでいる以上、何もケアをしないわけにはいかないものです。上場企業の場合には、こういった潜在的なリスクについては、貸借対照表には反映されていない事項として、財務諸表とは別に注記事項という形で情報開示されるため、それによって投資家は偶発債務の存在を知ることができます。
一方、財務DDにおいては、黙っていたのではそういった偶発債務の存在はわかりませんから、こちらから積極的に偶発債務がないかどうかについて調査を行う必要があるのです。もちろん、財務DDを実施しても発見されない偶発債務もあります。偶発債務がないかどうかの検証は意外と難しく、一般的には関係当事者への質問や取締役会議事録等の閲覧。その他関連資料の閲覧を通じて、その存在の有無に注意することになりますが、そのような資料にでていないものや、質問対応者が適切に回答しなかった場合などは、偶発債務の存在を把握することは極めて困難であり、その点は認識しておく必要があります。

■未払残業代
近年よく問題となる偶発債務のひとつに、未払労働債務問題があります。もっと端的に言えば未払残業代のことです。例えば、管理職扱いということで残業代を支給していない場合だっても、実際には名ばかり管理職であって、管理職とはみなされない場合には、本来であれば適正に残業代を支給する必要があります。また、タイムカードに打刻されている労働時間と実際に給与の支給対象とされている時間が相違する場合なども、未払残業代が発生している可能性が高いといえます。このような未払状態となっている労働債務については、仮に従業員から請求を受けた場合や、労働監督基準書の指導が入った場合など、思わぬ形で債務が顕在化し、損失が発生するというリスクを抱えています。財務DDにおいては、このような未払労働債務について、仮に調査時点において具体的に支払可能性があるといった形でリスクが顕在化している場合には、負債として認識して純資産を修正することになります。しかし、そこまでには至らない段階であれば、一般的には純資産の修正項目とはせずに、あくまでも将来の潜在的な損失発生リスクが存在している状態であるとして、報告書には偶発債務として注意喚起をするにとどめることになります。

■未払労働債務と法務DD
未払労働債務の問題については、財務DDだけではなく法務DDにおいても、コンプライアンスの観点から重要テーマとして扱われることになります。効率的な財務DDの実施という観点からは、うまく法務DDとも連携をして情報共有するとともに、両者の報告書の内容が整合的になるように適切に調整をすることが必要となります。買い手としても、財務DDチームと法務DDチームがうまく連携することができるように積極的に関わっていくようにアレンジすることが望ましいのです。

■債務保証
他人または他社の債務を保証している場合、債務者が何の問題もなく約定どおりに債務の弁済ができれば、保証人である対象会社においてリスクが顕在化することはないのですが、債務者の財務状況が悪化して弁済が不可能となってしまった場合には、保証人が代わりに債務を弁済しなければなりません。そういった保証債務を履行した場合には、代わりもともとの債務者に対して請求をする権利(求償債権)が生まれることとなりますが、もともとの債務者は既に財務状況が悪化してしまっているため、通常そのような求償債権の改修は難しいと考えるのが自然です。求償債権の改修ができる状況であれば、そもそも債務保証のリスクが顕在化するような事態には陥っていないでしょう。債務保証はこのような意味で財務DDにおいても偶発債務としてケアしなければならないテーマと認識されるのです。

■係争事件
訴訟などの係争事件も典型的な偶発債務のひとつです。偶発債務として気にしなければならないのは訴えられているケースです。何らかの形で損害賠償責任を負わなければならないことが確定すれば、その分の損失を計上しなければなりません。ただ、実際には裁判の行方がどのような形で落ち着くのかは予測困難ですから、結論が出るまでの間は、偶発債務という将来の洗剤リスクという形で貸借対照表の外で把握しておくことになります。将来のリスクを幅広く洗い出すという観点からは、訴訟に至る前段階の争いも含めて考えなければなりません。

■デリバティブ
上場企業の場合には、デリバティブ取引は適切に時価評価を行い、貸借対照表に資産または負債を計上しているのですが、非上場企業の場合にはそうはいきません。デリバティブ取引を行っている、または保有している金融商品にデリバティブ取引が組み込まれている、そういった形で将来の損失リスクを負っているにも関わらず、何ら財務諸表には反映されていないケースも多くありますので、そういったデリバティブがないかどうはか必ず確かめておく必要があります。

■手形の裏書き
致命的な問題となることは少ないですが、手形の裏書きや割引を行っている場合も少し注意が必要です。受け取った手形を決済期日よりも前に資金化する目的で、手形を銀行に持ち込んで割引くことがありますが、万が一手形が期日に決済されなかった場合には、割り引いた企業が銀行に対して弁済をしなければならないという遡及義務を負うのが一般的です。ですから、対象会社が手形の割引などを行っている場合には、そういった将来の潜在リスクが総額としてどの程度あるのかを、裏書き及び割引の一覧表などを入手して把握しておくに越したことはありません。

■のれん
「のれん」とは買収金額と対象外者の純資産との差額です。例えば純資産が10億円の会社に対して30億円の対価を支払って買収したとすると、のれんは20億円ということになります。この20億円ののれんは対象会社の貸借対照表には計上されていない資産価値をプレミアムとして見込んだことを意味しており、買収後に稼ぎ出す収益でしっかり回収していく必要があります。仮に買収後に思ったようなパフォーマンスを出せずに業績が低迷するようなことがあれば、こういったのれんは減損会計の適用により、損失処理を迫られることになります。買収後におけるのれんの減損は、場合によっては経営責任に直結する問題です。高い値段であればあるほど、このリスクは大きなものとなりますから、適正な価格で買うということは極めて重要なのです。

■企業価値評価方法3カテゴリ
1.マーケットアプローチ
資産の市場性に着目した評価方法で、市場価格そのものが存在する場合のほか、その資産事態の市場価格が存在しない場合でも類似資産の市場価格を参考にして評価額を算出すると言った方法も含まれます。具体的には市場株価方式、マルチプル方式といった手法がマーケット・アプローチに属する評価手法となります。

2.インカム・アプローチ
資産の集積制に着目した評価手法で、その資産が将来どのくらいの収益を生み出すのかから引き直して資産の評価額を算出する手法です。DCF方式、収益還元方式、配当還元方式といった評価手法が代表例であり、特徴としては赤字企業の場合であっても、一定の将来収益を見込むことで、かなり高い評価額がついてしまうこともあるといった点です。

3.コスト・アプローチ
資産の費用性に着目した評価手法で、その資産を調達するのにどのくらいの価値になるのか、また現時点で処分してしまった場合にどのくらいの価値になるのかといった視点で評価額を決定する手法です。時価純資産方式や簿価純資産方式といった方法があります。

■様々な企業価値評価方法
市場株価方式
株式の市場価格を基礎として株主価格を算定する方法。マーケット・アプローチ。

マルチプル方式
類似上場企業の企業価値と、各種財務数値の倍率を基礎に株式価値を算定する方法。マーケット・アプローチ。

DCF方式
将来得られるキャッシュフローの割引現在価値に基いて株主価値を算定する方法。インカム・アプローチ。

収益還元方式
定常利益を資本還元率で割引いて株主価値を算定する方法。インカム・アプローチ。

配当還元方式
将来見込まれる配当金を割引いて株主価値を算定する方法。インカム・アプローチ。

時価純資産方式
貸借対照表の時価純資産を基礎として株主価値を算定する方法。コスト・アプローチ。

簿価純資産方式
貸借対照表の簿価純資産を基礎として株主価値を算定する方法。コスト・アプローチ。

■法務DDの目的
1.M&Aの障害となる法律上の問題点の指摘及び解決
2.対象会社の企業価値に影響を与える法律上の問題点の指摘
3.買収後の事業計画に影響を与える法律上の問題点の指摘及び解決

■法人は知覚できない
M&Aで取引対象となるものは原則として法律により創設された法人であり、五感によって知覚しにくいという問題点を有しています。実際仁井触れたり見たりできる商品等と比べると「騙されるおそれが高い取引」であることがわかると思います。そのため、極力騙されるおそれを軽減するため、法律の専門家である弁護士によって法務DDを実施することになるのです。そして、法務DDの結果、問題が発見された場合には、その問題点を解消するための法的アドバイスを弁護士が行うことになります。

■会社法以外の法律(認可)による問題
例えば、M&Aの対象会社が特定の許認可事業を行っている場合には、その許認可がM&A後も有効に活用できるか検討する必要があります。仮に当該許認可を承継することができたとしても、一定期間事業を停止しなければならないとすれば、対象会社の事業価値を損なうことは明白です。様々な法律を検討した結果、当初予定していた買収スキームでは法的に問題があると判明した場合、別のスキームを用いることを検討しなければなりません。

■企業価値に影響を与える法律上の問題点3種類
1.簿外債務の存在
簿外債務の発見は主として財務DDの役割となりますが、法務DDの調査結果によって簿外債務が発見されることもあります。その典型例は、未払時間外労働手当、すなわち未払残業代です。日本社会の構造的な問題ではありますが、多かれ少なかれ、大多数の企業は未払残業代という簿外債務を抱えています。この金額算定には、労働基準法等の細かい知識が必要となり、財務DDメンバーが独自に算定することは通常困難です。そのため、未払残業代については法務DDメンバーが算定した金額を財務DDメンバーに伝えることで簿外債務として扱うことが一般的です。
また、契約書を精査した結果、会社が保証債務を負担していることが判明することもあります。この保証債務についても、状況に応じて注記や引当処理を行う必要があります。

2.法律違反等の存在
事業が法律に違反している場合、後に損害賠償請求等を受けるおそれがあります。例えば、主要製品が他社の特許権を侵害している場合や、製造物責任法に違反している場合など、高額な損害賠償を要求されるおそれがあるため、これらは簿外債務または偶発債務として認識する必要があります。修正貸借対照表に反映する必要があるか検討するためにも、法務DDメンバーから財務DDメンバーに情報提供を行う必要がある事項となります。

3.契約違反等の存在
法律に違反していないとしても、取引先と交わした契約書の内容に対象会社が違反しているという事態は往々にして見られます。例えば、賃貸借契約では契約書上は転貸禁止とされていることが一般的です。そうであるにも関わらず、関連会社やフランチャイジーに無断転貸しているという事例も散見されます。このような場合、賃貸人は契約違反を理由とした解除権を有することににあります。また、再委託禁止条項に違反して再委託を行っている場合や、機密情報を外部の第三者に漏洩しているという事実が発覚することもあります。このような契約違反の事実が生じている場合、契約の相手方から損害賠償請求を受けるおそれがあります。また、重要な契約が解除されてしまうというおそれもあります。

■スタンドアローン問題
スタンドアローン問題とは、買収などのディール後、対象会社がグループ企業から分離することにより重要な販売先や仕入先を失うことなどを意味します。一般的にスタンドアローン問題はグループ企業間の取引がM&A後に終了してしまうことを意味しますが、実際にM&Aを行う際には、その範囲はグループ企業間にとどまりません。多くの中小企業では、社長の個人的信頼関係に基づき取引をしていることが往々にして見られます。そのため、M&Aが実行されて経営者が変わってしまうと、これまで取引をしていた会社が取引を敬遠したり、取引量や取引価格を変更するなどという事態も生じることがあります。これも広義のスタンドアローン問題であると考えられます。
対策としては、M&A実行後も一定の取引価格や取引送料を維持するなどの保証書を取得しておくことをM&Aの条件としたり、表明保証条項に記載しておくなどの手当が必要となります。しかし、取引先全てから上記のような保証書を取得することは一般的に困難であるため、事業継続上極めて重要な数社との間に限って、上記のような手当を行うことになるのが通常です。

■チェンジ・オブ・コントロール条項(CoC条項)と競業禁止条項
第三者との契約書の中には、M&A等を実施して、会社の経営主体に著しい変更が生じた場合などに契約解除を認める規定などが含まれていることがあります。このような条項は一般的に「チェンジ・オブ・コントロール条項(CoC条項)」と呼ばれており、法務DDを実施する上で注意を払うべき検討事項とされています。仮に、このようなチェンジ・オブ・コントロール条項が事業継続のため必要不可欠な取引先との契約内に存在し、M&A実施後に契約が解除されてしまった場合、対象会社の企業価値は著しく毀損することになります。また、契約書の条項に、競業禁止条項が含まれていることがあり、将来の業務展開の足かせとなるおそれがあります。
ちなみに、第三者との契約内容は、公開情報として入手することができない情報となります。また、企業間の契約内容は、秘密保持義務等によって外部に公開することが禁じられていることが一般的です。そのため、第三者との契約において問題のある条項が見当たらないか検討するためには、対象会社と秘密保持契約等を締結した上で、締結済みの契約書を閲覧検討する必要があります。法務DDの過程でチェンジ・オブ・コントロール条項や競業禁止条項が発見された場合、該当する取引先からこれらの条項を無効化する覚書等を入手するなどの手当を実施することがあります。

■法務DDの限界
1.資料開示における限界
要求資料リストに重要な資料の記載が漏れていた場合、原則として、対象会社が自発的に要求されていない資料を開示することはありません。法務DDメンバーは法務の専門家ではあるものの、対象会社の業界の専門家ではないため、業界常識からすれば当然要求すべき資料の要求が漏れてしまうリスクがあることは否定できません。また、法務DDメンバーが「業務委託契約書」を要求していた場合に、対象会社では「業務提携書」というタイトルを用いて同じ内容の契約を行っていた場合、「資料なし」という回答のみで、この契約書が提出されなくなるおそれがあります。

2.資料内容における限界
契約書の無い契約
契約書という書面が存在していない契約については、法務DDの過程において契約の存在が認識されにくいという問題があります。

契約締結後の内容の把握
締結された契約につき「約定どおり入出金が行われているのか」「契約違反の事実は存在しないのか」「そもそも現在も取引が実施されているのか」など、契約締結後の内容については契約書からは把握できません。

3.現地調査における限界

4.インタビューにおける限界

■法的チェックと法務DDの違い
日常的に行われる契約書の法的チェックは、原則として契約が締結される前の段階で実施されることになります。契約締結後にチェックを行ったとしても、相手方が署名押印済みである以上、修正を依頼して再度署名押印をもらうことが事実上不可能だからです。そのため、契約書の条項について、依頼者に不利となるものが含まれていないか、契約書に盛り込まれるべき事項が抜けていないか、という点が法的チェックの基本的姿勢となります。
一方で、法務DDの契約書チェックは、既に締結された契約書をチエックすることになります。仮に依頼者(対象会社)に不利な条項を見つけたとしても、また、契約書に不備を見出したとしても、その修正を相手方に依頼することが原則としてできません。特に法務DDにおいては「M&Aを行うことで契約が解除されることがないか」「買い手に著しく不利益な条項が契約上認められないか」という点に着目してチェックを行います

■一般的な法務DD項目サンプル
・会社の設立、株式、株主に関する調査
・関係会社に関する調査
・各種契約に関する調査
・ファイナンスに関する調査
・人事、労働問題に関する調査
・訴訟、紛争に関する調査
・許認可に関する調査

■M&Aスキームごとのメリット・デメリット
以下、画像は「井上ひろのコーポレート・ファイナンスblog」及び「事業譲渡・営業譲渡・会社分割・M&Aの手続き解説」より

1.株式譲渡
株式譲渡とは、株主が第三者に保有株式を売買等により譲り渡すことで会社の支配権を移転する手法です。実際のM&Aで最も頻繁に用いられている手法です。
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メリット1:簡便性・迅速性
株式譲渡は合併等で要求される債権者保護手続や一定期間の官報公告などの手続きが不要であり、単に株主間で株式譲渡契約を締結するだけで主要な手続きが終了します。M&Aのスキーム検討の際にもこの簡便性・迅速性が極めて高く評価され、選択されるケースが大多数です。

メリット2:対象会社に与える影響が小さい
取引実行により対象会社の株主が変更されるだけで、対象会社の法人格や組織について何ら変更は生じません。そのため、対象会社が締結していた契約や所有していた不動産にも、原則として変更は生じません。また、許認可業務などを営んでいる場合には、当該許認可を原則としてそのまま引き継ぐことができます。

メリット3:企業間の摩擦が少ない
買収実施後も買い手と売り手は各々別法人として存続し続けます。そのため、旧会社が消滅してしまう吸収合併のような場合に比べると、売り手の従業員に与える影響は限定的となります。勤務体系や給与体系などについても無理に買い手に合わせる必要もありません。

メリット4:簿外債務の影響が限定されている
仮に対象会社に簿外債務が存在することが買収後に発覚したとしても、株主は原則として出資の限度でしか負担を負いません。購入した株式の価値が0円になることはあっても、それ異常に負担を負わないのが原則となります。買収を行う際に金融機関の連帯保証人などの引継ぎを行ったり、対象会社に運転資金が不足している場合には、買主が資金調達を行うことがありますので、そういう意味では必ずしも簿外債務が発覚した際に出資の限度の負担となるとは限りません。

デメリット1:シナジー効果が希薄
吸収合併などのように、対象会社事態を消滅させる場合と比べると、当初の予定通りシナジー効果を発揮できるケースが乏しいことが散見されます。

デメリット2:一部だけの資産負債を譲渡できない
保有する資産の一部や負債の一部だけを譲渡することは原則としてできません。簿外債務のおそれがある場合があっても、その簿外債務を取り除くという取り決めを行うこともできません。オール・オア・ナッシングの状態でしか取引を行うことしかできません。

2.事業譲渡
事業譲渡とは、会社が事業の全部、または一部を譲渡することで、当該事業の支配権を移転する手法です。
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メリット1:資産の一部のみを移転できる
事業譲渡は言い換えれば資産の集合体の売買であり、特定の事業を譲渡対象とすることができます。基本的には資産の売買ですので、事業に必然的に伴っている負債は原則として譲渡できないことには注意が必要です。負債を譲渡する場合には、当該負債の債権者(例えば金融機関)の同意が必要となり、同意が得られない場合には依然として対象会社に負債は存続したままとなります。

メリット2:簡便性・迅速性
対象会社で扱っている事業の一部を譲渡することを検討する場合、検討対象となるM&Aスキームは、事業場とか会社分割となります。しかし、会社分割は、一定期間の官報公告や債権者保護手続などの負担があり、簡便性・迅速性の点で事業譲渡に劣っています。そのため、実務上は会社分割よりも事業譲渡が選択されるケースが圧倒的に多いです。(会社分割のメリットは後述)

メリット3:簿外債務を引き継がない
買主は資産のみを受領し、その他売買対象とされていない負債などは原則としては引継ぎません。仮に譲渡対象事業に関連する簿外債務が存在していたとしても、その簿外債務は対象会社に残されたままとなります。

デメリット1:各種契約を個別に引継ぐ必要がある
事業に関連する契約などは、契約の相手方の契約引継に関する同意が無ければ、事業譲渡を行ったとしても買主に移転することはありません。買主は各種契約につき、契約の相手方から同意書を取得するか、新たに契約を締結しなければなりません。

デメリット2:従業員と雇用契約を締結する必要がある
対象会社内部で当該事業に従事していた従業員との間でも雇用契約の巻き直しが必要となります。そのため、当該事業に従事している従業員の一部が、事業譲渡とともに買主の従業員として転籍することを拒否した場合には、当該従業員は買主に移転されません。

デメリット3:消費税が課税される
事業譲渡は資産の集合体の売買であるため、有価証券の譲渡(株式譲渡)と違い消費税の課税取引となります。ただし、土地の譲渡など、そもそも非課税取引であるものについては、事業譲渡であっても当然に消費税が課税されません。そのため、移転する事業のほとんどが不動産である場合には、このデメリットは限定されることになります。

3.合併
合併とは、ふたつ以上の会社が契約によってひとつの会社に統合する組織法上の行為です。新たに法人を設立する新設合併は許認可等の問題により実務上ほとんど実施されていません。通常は存続会社が消滅会社を吸収するという吸収合併が選択されます。
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メリット1:シナジー効果が高い
合併により存続会社と対象会社との間で重複していた管理部門などが統一され、従業員の整理統合も迅速に行われることになります。そのため、株式取得よりもシナジー効果が高いと言われています。

メリット2:現金を用意する必要がない
合併の際、原則として消滅会社の株主に対しては、存続会社の株式が交付されることになります。そのため、合併を行う買主は合併の対価としての現金を用意する必要はありません。もっとも、合併は買主と売り主の合意によって実施されるため、売主が買主の株式を取得したいと考えないのであれば、そもそも株式を対価とする合併というM&Aスキーム自体が用いることができません。

デメリット1:手続きが煩雑
合併を実施する場合は、会社法に則って官報公告や債権者保護手続などを実施する必要があります。買主も売主も株主総会決議を経る必要があります。これらの手続きにはかなりの時間と労力が必要となります。

デメリット2:企業間の摩擦が生じるおそれがある
メリットとして高いシナジー効果が期待できる一方で、買主と消滅会社の従業員とで軋轢が生じる恐れがあります。就業体型や賃金体系の摺り合わせも必要になります。

デメリット3:事後的な救済が困難
消滅会社に簿外債務などの瑕疵があった場合、当然に存続会社の債務として支払わなければなりません。このことに加え、買主がこれらの簿外債務について責任追及しようにも、その対象となる対象会社は既に消滅して存続会社に取り込まれているため、責任の追求先が見当たらないということになります。

4.会社分割
会社分割とは、ひとつ、または二つ以上の会社がその事業に関して有する権利義務の全部または一部を分割して、別の会社に承継させる手法です。会社分割には事業を分離する会社(分割会社)が、分離した事業に関して有する権利義務を他の会社(承継会社)に承継させる吸収分割と、分割により新たな会社を設立する親切分割が存在しますが、実務上、許認可等の問題により新設分割が実施されることは少ないです。
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メリット1:事業の一部を移転できる
事業譲渡は資産の集合体の売買であり、原則として負債を移転することはできませんが、会社分割の場合は分割対象となる事業にかかわる資産のみならず、負債をも移転することができます。

メリット2:各種契約が相手方の同意なしに移転できる
当該事業に関連する契約、従業員との雇用契約も相手方当事者の同意なしに買主に譲渡することができます。

メリット3:消費税が課税されない
会社分割は資産の譲渡に該当しないため、消費税の課税対象となりません。

デメリット1:手続きが煩雑
会社分割を実施する場合は、会社法に則って官報公告や債権者保護手続などを実施する必要があります。買主も売主も株主総会決議を経る必要があります。これらの手続きにはかなりの時間と労力が必要となります。

デメリット2:詐害的会社分割による取り消しのおそれがある
例えば、売主が債務超過に陥っており、売主が営んでいる事業の内、優良資産を移転する株式分割を行ったとします。この場合、売主に以前から債権を有しており、一点対象とならなかった金融機関等は、原則として債権者保護手続の対象となりません。しかし、優良な事業は売主から移転しており、今後売主から返済を受けることができる可能性は著しく減少することになります。この点につき、最高裁判所は平成2年10月12日、会社分割が詐害行為取消の対象となることを認める判決を下しました。また、平成26年の会社法改正により、詐害的会社分割がなされた場合には、承継した財産の価額を限度として、承継した会社に対しても債務の履行を請求できることとされました。

5.株式交換
株式交換とは、対象会社の株主が有している株式と、買主の株式等を交換することにより、対象会社の株式を買主が『全て取得する』組織法上の行為です。
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メリット1:現金を用意する必要がない
株式交換を行う場合、対象会社の株主に対して買主の株式を交付することで足りるため、現金を用意する必要がありません。

メリット2:企業間の摩擦が少ない
対象会社は消滅せずに買主の完全子会社となるに留まります。

デメリット1:手続きが煩雑
株式交換を実施する場合は、会社法に則って官報公告や債権者保護手続などを実施する必要があります。買主も売主も株主総会決議を経る必要があります。これらの手続きにはかなりの時間と労力が必要となります。

デメリット2:シナジー効果が希薄
買収後も対象会社の経営状態に変化はなく、シナジー効果が希薄です。

■基本合意書(LOI)に含まれる事項
1.スキームの概要
2.買収対価
3.表明保証
4.DDの実施機関
5.独占交渉権(期間)

■法務DDでの契約書チェックにおける重要検討事項
1.チェンジ・オブ・コントロール状況
2.競業禁止条項
3.独占的権利条項
4.違約金条項

■各種議事録のチェックポイント
1.各種機関において法令上要求される決議がなされているか確認すること
2.決議内容により対象会社の過去の意思決定を把握すること
3.潜在的紛争や経営戦略など、将来の事業計画に影響を与える事項を把握すること

■賃借不動産のチェックポイント
1.定期借家契約であるか
2.賃借人の中途解約条項の有無
3.違約金条項の有無
4.賃料滞納の事実の有無
5.無断転貸の事実の有無

■ファイナンスのチェックポイント
1.返済額、返済期限
2.保証債務
3.期限の利益喪失条項
4.コベナンツ条項

■コベナンツ条項
1.財務制限条項
一定の財務状態を維持する規定であり、純資産額を一定限度異常に維持する義務、有利子負債に関する義務、自己資本比率に関する義務、経常利益に関する義務など、決算書情報に関連する指標を用いたコベナンツ条項です。

2.劣後債無弁済禁止条項
複数の借入の内、優先的借入と劣後的借入を分類し、優先的借入の返済が終わるまで劣後的借入の返済を禁じるというコベナンツ条項です。関係会社に対する借入や、代表者からの借入などが劣後的借入と分類されるケースが多いです。

3.資産譲渡制限条項
一定の資産の譲渡を禁止するコベナンツ条項です。対象会社に極めて重要な資産(高額な機械等)がある場合、当該資産を譲渡してしまうと、対象会社の企業価値が激減することが想定されます。このような自体に陥らないように制限するための条項です。

4.報告、情報提供義務条項
取締役の後退や信用状態の悪化などが生じた場合に報告義務を課し、定期的に決算書等の情報提供を義務付けるコベナンツ条項です。