【書評】会社売却の心得28カ条(大塚 武樹)


著者の大塚武樹は昭和30年12月生まれ。
東京大学工学部卒業後、山一證券に入社。山一證券では営業企画部において当時部長であった吉田允昭と出会い薫陶を受ける。吉田允昭は1987年に山一證券の取締役を退任して日本初の独立系M&A専門コンサル・仲介会社株式会社レコフを創業。
大塚は1992年に山一證券退社後、スタンフォード大学で客員フェローとして研究活動を開始。渡米1年後吉田から「これまで日本になかった本格的な支援型ベンチャーキャピタルである日本ベンチャーキャピタル(NVCC)を経済同友会代表幹事の牛尾治朗氏が中心になって設立することになった。その手伝いをしてくれ」との連絡を受け、NVCCへ参画。その後、1997年に吉田がレコフの大阪事務所を開設。「大阪事務所の初代所長になれ」ということでレコフに参画。
レコフ参画後はレコフ主席執行役員などを経て、現在は企業活性パートナーズ株式会社(CVPC)代表取締役社長。
通産省「店頭市場研究会」「MBO研究会」「企業価値研究会」各委員歴任。M&Aのディール責任者として100件以上の案件制約に関与し、電機、ソフトウェア、情報産業、流通、住宅、金融、外食、エネルギー、機械等幅広い業界のM&Aを経験している。

平易な言葉遣いではないのに読みやすい。専門的な内容がするすると頭に入ってくる良書。著者の文章力がずば抜けているのだと思う。映画やドラマなども比喩に使われていて幅広い知識を持つ人だからこそかける文章なのだと感じさせられる。執筆時の2016年においてM&A業界経験20年を越える上に、日本でM&Aが立ち上がったその時から業界に関わっており、「日本におけるM&Aビジネスの歴史」の勉強にもよい。
「売り手企業経営者の心得」としてまとめたとあるが、それ以上に内容の濃いおすすめの本。M&Aに興味があるものの文章が頭に入ってこない、という人に向けてもぜひ最初の一冊として読んでほしい。

■時系列
1966年 
日産自動車とプリンス自動車の合併

1970年代前半
モルガン・スタンレー、ファースト・ボストン、リーマン・ブラザーズがM&Aビジネスを本格的にスタートさせる

1970年
独占禁止法違反のおそれに揺れながらも八幡製鐵と富士製鐵の合併により実現した新日本製鐵の誕生

1973年
当時、山一證券の社員だった吉田允昭が山一證券本店の第二営業部営業三課内に日本初のM&Aの専門チームを発足させ、リーダーとなる

1974年 
地元の商店街保護のために、旧「大規模小売店舗法(大店法)」が施行され、大手スーパーチェーンの大型店舗(500㎡以上)の出店が厳しく規制されることになる。ダイエーやジャスコ、ユニーなどの大手スーパーが中堅スーパーを買収して、店舗数を拡大。

1980年
三和銀行(現東京三菱UFJ銀行)がM&A部門を設立

1984年
日本のメディアで初めてM&Aという言葉が使われた年だといわれる

1985年(1986年?)
米国において、リーマン・ブラザーズを退職したピーター・G・ピーターソンとスティーブ・シュワルツマンによってブラックストーン社が創業。M&Aの仲介やアドバイスなどを専門に行う「M&Aブティック」の始まりとなる

ブラックストーン
https://www.blackstone.com/

1987年
山一證券のM&A専門チームを発足させ、リーダーを務めてきた吉田允昭が株式会社レコフを創業

株式会社レコフ
http://www.recof.co.jp/

1988年
野村證券がM&Aの専門会社、野村企業情報株式会社を設立(2002年に本体に吸収合併される)、日本のM&Aビジネスが本格的に幕を開ける
セゾングループが2800億円でインターコンチネンタルホテルを買収

1989年
ソニーが映画製作大手コロンビア・ピクチャーズを6000億円で買収

1990年
三菱地所がロックフェラーセンターを2200億円で買収
松下電器産業(現パナソニック)が米国大手映画製作のMCA(現NBCユニバーサル)を買収

1996年
米国の商工会議所からの「日本は投資のハードルが高すぎる」とのクレームを受け、対日M&Aを歓迎するとした「M&Aに関する対日投資会議声明」を決定・発表する

1997年
独占禁止法の改正により純粋持株会社が解禁となり、ホールディングカンパニーの設立が可能になる
合併時の手続きの簡素化が図られる
バブル崩壊により北海道拓殖銀行と山一證券が破綻

1998年
日本長期信用銀行が破綻、企業再生法により一時国有化

1999年
2兆円の有利子負債を抱えて瀕死の状態だった日産自動車をルノーが傘下に収める(救済型M&A)

2000年
長銀がアメリカの企業再生ファンド・リップルウッドを中心とした投資組合に10億円で売却される(2004年に新生銀行として上場、2200億円の売却益を得る)
「会計ビッグバン」により単独決算とともに連結決算の発表が義務付けられる。

2004年
投資ファンドの世界を描いた小説「ハゲタカ」が刊行される

2005年
ライブドアによるニッポン放送への敵対的買収

2006年
楽天による東京放送(TBS)への敵対的買収

■M&Aとは企業同士の「結婚」
M&Aはよく「結婚」にたとえられます。一方だけが幸せになる、相手を支配する結婚などあり得ません。少なくとも私は今まで、そうしたM&Aを手掛けたことはありません。M&Aは決して非情な世界でも、誰かが不幸にならなければいけない後ろ向きなものでもなく、売り手と買い手双方にとって企業価値を高めて、よりよい未来を構築していくための最善の方法なのです。

■連帯保証という大きな重荷
日本は銀行を中心とした「間接金融」が中心で、資金の出し手ののリスクは、出資の形態をとる「直接金融」より低くなっています。銀行はさらにリスク回避のために連帯保証と担保を取って、借り手に逃げられないように二重、三重に縛ります。業績が悪化してくれば(社長個人の)家と土地を押さえ、個人の銀行預金も囲い込みます。場合によっては家族の連帯保証を取る場合もあります。金融庁は、銀行が会社と同時に社長個人の預金を押さえることを禁止していますが、実質的には拘束預金として、個人の預金から返済に充てることもあります。
内部留保が大きく、無借金経営の会社であれば連帯保証はそれほど問題にはならないでしょう。しかし、借金を抱えていれば毎月、元金と合わせながら約定返済で決められた金額を返済し続けなければなりません。そのため、ほとんどの経営者は資金繰りにおいて苦しい思いをしています。また、連帯保証の解除は、債権者の同意が絶対条件ですから、経営者にとっては永遠に外すことができない足枷のようなものです。会社経営と連帯保証・担保の関係は切っても切れない関係なのです。

■事業承継問題の4つの要因
1.後継者となる子息、親族がいない
2.後継者候補はいるが会社を継ぎたがらない
3.後継者候補が実力不足で継がせられない
4.時代遅れの先細り業界のために無理に継がせられない

■共有名義の家と土地
家と土地が共有名義になっている場合、土地全体を売却するには共有者全員の承諾が必要となるため、銀行が連帯保証の履行を求めてきても勝手に売却することができない。実際には可能だが共有持分だけ買う人はまず存在しない。

■会社を継がせて不幸にしてはいけない
たとえ子どもや配偶者、親族であっても、事業承継によって不幸が生じるのであれば、会社を継がせてはいけません。また、どんなに頼まれても、誰かが不幸になるのであれば継いではいけないということです。経営を知らない素人に承継させるのはもちろん避けるべきですが、たとえ、息子や親族本人にやる気があっても実力が伴わなければ、会社を承継するべきではありません。これまで築いてきた会社も財産も名声も失い、従業員とその家族を露頭に迷わせてしまいかねないからです。

■廃業は最悪のシナリオではない
廃業により従業員には退職金を払うことができ、社長自身は連帯保証を外して借金を返済できれば手元にお金が残ります。そのお金で老後を暮らすこともできます。最高の選択では無いにしても、最善の結末のための選択といえるのではないでしょうか。もしも、大きなリスクを冒して新規事業を興して失敗した場合、何が残るでしょう。残されるのは、巨額の借金だけです、会社が倒産し、従業員たちには退職金を払えず、会社と土地、自宅、預金を失い、それまで築き上げてきた地元の名士としての信用も名声も全て失う不幸を味わうことになるでしょう。
会社の廃業には、国や地方行政、訳知り顔の評論家、世間の風潮などは、廃業させた社長の経営責任に言及しがちです。しかし、場合によっては廃業こそが英断である、と私は感じています。

■財テク型M&A
ビルなどの不動産を買収することをいう。

■リップルウッドはハゲタカか
長銀には8兆円ともいわれる公的資金が注入されたにも関わらず、10億円で売られ、最終的に外資ファンドが巨額の利益を手にしたことと、投資組合の本拠地が海外にあったことで日本政府が売却益に課税できないことが明らかになると、リップルウッドは死体に群がり腐肉を貪るハゲタカになぞらえて、メディアや評論家などから「ハゲタカファンド」と呼ばれ、多くの批判を浴びることになります。しかし、破綻企業や経営不振の企業を買収して、再生させたあとに企業価値を高めて売却する「バイアウト」と呼ばれるファンドの手法は不正なものでも汚いものでもなく、リスクを背負ったうえで利益を得るという当然の経済活動です。
実際、長銀の買収では中央三井信託銀行(現三井住友信託銀行)グループが競合しましたが、リップルウッド側を上回る金額、条件を出すことはできませんでした。また、長銀に関しては日本人社長を据え、従業員の雇用は形式的には守られたことを考えれば、死肉を食べて骨だけにして去っていくハゲタカのようなイメージは誇張されたものだったともいえます。時代的にも、長銀を救済するような体力の残っていた企業も、企業再生のノウハウを持っていた企業も、当時の日本にはなかったという現実もあったのです。

■連結決算の対象となる会社法上の子会社
1.50%を超える出資をしている会社(形式基準の子会社)
2.40%以上50%以下出資している会社で取締役を過半数派遣していたり、融資比率が50%超だったりする場合等、実質的に経営を支配されている会社(実質基準の子会社)

■持分法上の関連会社
1.親会社が20%以上50%以下出資している会社で実質基準の子会社要件を満たしていない会社
2.15%以上20%未満出資している会社で、取締役を派遣していたり、融資、技術、取引等で重要な関係がある会社(実質基準の関連会社)

■M&Aにおける4つの手法
1.「合併」「共同持株会社化」と「株式交換」
「合併」とは複数の会社がひとつになることで、一般的に吸収合併を指します。他に新設合併もありますが、一般的手法ではありません。吸収合併は、合併する会社のうち1社だけを存続させて、他の会社は存続会社に吸収されるため消滅します。消滅する会社の株主には存続会社の株式が割り当てられるのが一般的です。よく「対等合併」という言葉を耳にしますが、法的には存続会社と消滅会社に分かれます。
「共同持株会社化」とは一般的には持株会社を設立して、複数の会社の株式をすべて保有することで各会社の事業を統制することです(持株会社を新設してその持株会社に株式を共同で移転する方法などがあります)。持株会社はホールディングスとも呼ばれ、各会社はホールディングスの下にぶら下がる形になります。経営を統合するので複数の会社を一緒に経営しますが、法人は統合せずに別々に存在します。
「株式交換」とは一般的には株式で株式を買うという考え方です。この場合、100%親会社になる会社の株式を子会社になる会社の株主に割り当てて親会社の株主になってもらうことになります。
合併の場合も親会社(存続会社)の株式をもらった時点では課税は発生せず、その株式を売却した時、初めて税金がかかります。ただ、法律が変わり株式交換(あるいは合併)の対価が自由化され、現金、社債などと交換することもできるようになりましたが、これには課税が伴うため、前例はほとんどありません。

2.買収=子会社化(既存株主からの買収または第三者割当増資)
相手の会社の株式の50%超(マジョリティ=議決権の過半数)を既存株主から買収して保有する、あるいは40%以上買収して実質基準を満たす形で子会社化し、貸借対照表も損益計算書も税引き後の利益を除き親会社の決算書に連結して反映されます。
親会社は50%超の株式を保有することで取締役の選任など通常の株主総会の議案についてコントロールできるようになります。
3分の2以上の株式を保有した場合は、会社の合併や解散の承認、定款の変更など会社にとっての重要事項の決定についてもコントロールすることができるようになります。
また、既存株主から買うのではなく、既発行株式数と同数超の株式の第三者割当増資の引き受けにより50%超、既発行株式数の2倍以上の増資の引き受けにより3分の2以上の株式を保有することができます。
前者と後者の違いは、株式を売却する相手にお金が入るのか、増資する会社の方にお金がはいるのかということです。この両方を組み合わせるということもあります。
少し専門的な話をしますと、売り手が上場企業等の場合は、その3分の1超の株式の取得にはTOBの手続きが義務付けられています。また一定比率(希薄化率25%以上)の第三者割当増資による取得の場合は、独立第三者委員会等からの客観的意見の入手または株主総会による承認が義務付けられています。

3.資本提携(買収または第三者割当増資により15%以上の株式を取得して関連会社化)
相手の会社の株式の15%(20%未満は実質基準を満たしている場合)〜50%(49%以上は実質基準の子会社要件を満たしていない場合)を保有して関連会社化することです。両者は独立した経営を行いますが、持分法上の連結の関係になりますので、親としては単に株式を保有しているだけでなく、子の業績は持株比率に応じて自社の決算に影響を受けるようになりますので、子の業績向上のために技術、取引等の面で協力したり、財務や営業など事業の方針決定に一定程度関与するようになります。
現在は四半期決算のため、資本提携により上場会社の関連会社になった場合は、最低でも四半期ごとに自社の業績報告、話し合いなどをする必要があります。
よく「15%未満の資本関係あるいは業務提携だけで資本の関係まで必要ないのではないか」と言う方もいますが、持分法上の連結の関係になることによるこの四半期ごとの話し合いが、両社の関係を再確認したり、より強固なものにする重要なイベントだと私は考えます。

4.一部事業の買収(事業譲渡、会社分割)
会社を丸ごと引き継ぐ「企業買収」のほかにも、相手会社の一部の事業のみを引き継ぐ「事業譲渡」あるいは「会社分割」も重要なM&Aの手法です。
「事業譲渡」は引き継ぐ事業の運営に必要な資産、たとえば土地、設備などの有形固定資産、知財、ソフトなどの無形固定資産、契約、従業員などを個別に指定して買収するという形式です。
一方「会社分割」には、対象になる事業を新しい会社に移し(新設分割)、その会社の株式を買収する方法、または分割した事業をそのまま買収側企業の事業部門として吸収する(吸収分割)方法もあります。
企業買収では欲しくない部分、たとえば売り手企業が抱える潜在債務や訴訟問題など見えないリスクまでも引き受けてしまう可能性がありますが、「事業譲渡」は買い手側企業が必要と考える資産、契約などを特定して譲り受けるため、買い手側のリスクが最も低いM&A手法といえます。
「会社分割」の場合は訴訟問題などの見えないリスクを完全に遮断することはできませんが「包括継承」という形で、従業員、各種契約、一部の許認可等の引き継ぎが「事業譲渡」に比べると手続き面で大幅に緩和されるというメリットがあります。

■M&Aで売り手企業の経営者が手にする5つのメリット
1.後継者不在問題を解消し事業承継を実現する
2.連帯保証から解放され肩の荷を下ろす
3.創業者利益を手に入れて会社売却後の安心を得る
4.従業員の雇用を確保し活躍の場を更に広げる
5.自身の経営は継続し、資本注入および提携(販売、技術等)により、会社をさらに成長させる

■道路交通法の改正と自動販売機オペレーターのM&A
1990年代後半、道路交通法の改正により新規の自動販売機の設置が困難になりました。この法律改正を機に自動販売機を保有しているいわゆる自販機オペレーターのM&Aが活発になりました。つまり、自販機設置の既得権をM&Aにより手に入れる競争です。もちろん買い手の中心は大手飲料メーカー各社です。その当時は自販機1台あたりの営業権が30万〜40万円、売上が大きい設置場所に置かれた自販機の営業権は100万円などというケースもありました。機械の値段ではありません、単にその場所に設置している権利の価値です。
ある自販機オペレーターは2億円の債務超過の状態でしたが、M&Aによって20億円で売却されることになったのです。つまり、この会社の純資産マイナス2億円に22億円ののれん代がプラスされて売却できたということです。

■2015年の日本におけるM&Aデータ
2015年の日本におけるM&Aの件数は2428件、増加率は前年比で+6.3%、金額の増加率は+68.8%でした。
内訳は日本企業同士のM&A(IN-IN)が1663件(+6.7%)、日本企業による外国企業へのM&A(IN-OUT)が560件(+0.5%)、外国企業による日本企業へのM&A(OUT-IN)が205件(+20.6%)となっており、2011年以降は毎年増加しています。30年前の1985年には300件にも満たなかったことを考えれば、いかに経営者がM&Aの必要性を感じ、重要と考えているかがわかります。

■M&Aのスタート段階における3つのケース
1.買い手企業から「こういう企業、業種を買いたいので探してほしい」と依頼を受けて進めるケース
2.売り手企業から「いい相手を探してほしい」と依頼されて進めるケース
3.プロ(M&Aアドバイザー)が仮説を立てて、A社とB社に提案して案件がスタートする「提案型M&A」

■M&A実務の3つの手順
【ステージ1】M&A業者・コンサルタントの選定から当事者間秘密保持契約まで
売り手企業の社長は、まず依頼するM&A業者・コンサルタントを選定しなければなりません。すでにM&Aの経験がある知人から紹介してもらったり、それができない場合はいろいろな業者に会ってその中からこれはという業者を選定することです。
依頼するM&A業者・コンサルタントが決まったら、自社の事業、業績推移、強み、弱み、業界内での位置づけ、そして抱えている課題や問題(資金繰りが厳しい、不良在庫が大きいなど)について徹底的にそのM&Aコンサルタントに理解してもらう必要があります。
その際、隠し事はなしです。それらの問題点も含めて理解してもらわなければ、後々、せっかく買い手候補企業が現れても交渉途中で決裂のリスクが大きくなってしまうからです。
次にM&Aコンサルタントは、業界治験、個別の企業のニーズなどの豊富な知識を駆使して、本件は一対一形式での交渉がいいのかオークション形式がいいのか、シナジーを発揮できる相手はどの企業か、トップ同士の人間性や相性、企業文化がマッチするかなどから総合的に判断し、買い手候補企業(提案先)を推薦します。その買い手候補企業が複数社ある場合は、提案する順番を決めて当たってもらいます(オークション形式は同時に当たる)。
一方、買い手企業の社長やM&A担当者は、M&Aコンサルタントからの提案に対して調査・検討し、交渉のテーブルに乗るのか、辞退するのかを決定します。
売り手企業、買い手企業双方がM&A交渉をスタートすることを決定した段階で、当事者間で重要な機密事項と交渉をしている事実が外部に漏れないように「当事者間秘密保持契約」を締結し、次のステップへ進んでいきます。

【ステージ2】ビジネススタディミーティングから基本合意契約まで
本格的な交渉にあたって、買い手企業からはさまざまな資料の提出が要請されます。資料は、売り手企業の特徴や実態を把握するために必要なもので、交渉が進めば進むほど詳細なものが要求されていきます。たとえば初期の段階で必要になる資料は「会社案内」「商品カタログ」や「貸借対照表(B/S)」「損益計算書(P/L)」等の財務諸表(最低過去3期分)や「定款」「株主名簿」「事業の内容を理解するために必要なさまざまな資料(たとえば業務フロー、主要取引先の資料・リストとその売上・仕入額の推移、基本契約書)」などです。
これらの資料の内容についての説明および質疑・応答をし、資料に含まれないさまざまな事業の内容や相互の基本的な考え方について理解を深めるために「両社ミーティング(ビジネス・スタディ・ミーティング)」を行います。この時点で初めて両社のトップや経営陣が顔合わせすることになります。このミーティングを通じて、両社の事業を理解し、社長や幹部同士がお互いに相性や価値観、企業文化が合うのかを検討し、M&A後はどのようなシナジーが得られるのかなどを検証します。たとえるならば、結婚における「お見合い」といえるでしょう。
この両者ミーティングを複数回行い、両社がこのM&Aを勧めたいという意思が強くなってきた時点で、M&Aコンサルタントは企業価値をいろいろな手法で試算し、その結果を参考にして売りて、買い手双方の価格交渉をサポートします。
また、各種条件のスキームについても最終の詰めの作業を行っていきます。株式譲渡なのか事業譲渡・会社分割なのか、共同持株会社化・合併なのか株式交換なのか、株式譲渡であれば買収後の持株比率は何%にするのかなどを決めていきます。
その他にも、基本合意後のスケジュール、デューデリジェンスで問題が見つかった場合の価格の変更条件などについても決定していきます。
この段階まで進むと、両社には「基本合意契約」を締結していただきます。基本合意契約に盛り込まれる内容は価格、スキーム、今後のスケジュール、その他の条件などで、厳密な法的拘束力があるものではありませんが、よほどのことがない限りは婚約の破断はせず、お互いの信頼関係のもとに最終契約に進むことを取り決めるためのものです。

【ステージ3】デューデリジェンス(買収監査)から最終契約、受け渡しまで
このステージにおける最も重要な実務のひとつに「デューデリジェンス(DD)」があります。これは日本語訳では「買収監査」と呼ばれるもので、会社の詳しい健康診断を行うようなものです。買い手企業が売り手企業を買収する最終局面において、相手企業の資産価値や収益性、財務状況が正しく買収価格に反映されているのか、顕在化していない負債や訴訟等のリスクを抱えていないかなどの最終チェックを買い手企業の責任において行うものです。
デューデリジェンスは、買い手企業が公認会計士や弁護士などを売り手企業に派遣して行います。公認会計士が行うものを「財務デューデリジェンス」、弁護士が行うものを「法務デューデリジェンス」と呼びます。それ以外にも、事業面の内容を詳細に調べる「ビジネスデューデリジェンス」、製造業等の場合は主に工場に関わる土地、地下水、排水、排気などの汚染の有無・度合い、環境基準への適合性を調査する「環境デューデリジェンス」を行うことがあります。
デューデリジェンスでは売り手企業はほとんどすべての会社情報を開示して調査を受けることになるため、最終契約に至るというお互いの信頼関係がなければうまく進みません。そのため、この段階までに売り手企業の社長は自社の抱える問題点やリスクなどをM&Aコンサルタントにすべて開示していただく必要があります。仮にデューデリジェンスの手続きの家庭で問題が見つかった場合は、買収価格の減額調整や破断という事態になるケースもあるため注意が必要です。
晴れて、最終契約の締結が実現すれば、残すは社内外へのディスクロージャー、スキームによって違いがありますが、各種手続き(取締役会、公告、株主総会、独占禁止法上の手続き、その他)と受け渡し業務(クロージング)となります。

■仲介業務とアドバイザー業務
M&Aコンサルタントの仕事の役割は、大きく「仲介業務」と「アドバイザー業務」に分けられます。
仲介とは、文字通り売り手企業と買い手企業の間に立って両社を仲介するものです。両社からの信頼を得ながら希望条件や企業価値などについて本音を引き出し、両社の接点やニーズを適正なポイントに落とし込み、公正な観点から諸条件をコーディネートし、合意形成をサポートします。
アドバイザーはどちらか一方の側に立って相手側のアドバイザーとやり取りを重ねながらゴールに近づけていきます。
どちらが正しいというものではなく、合併や共同持株会社設立の統合型、完全売却型、資本業務提携型などスキームや、個別企業ごとのM&Aの考え方(仲介でM&Aはやらないという企業もあります)などによってケース・バイ・ケースで選択されるものです。米国では仲介というシステムはなく、両社のアドバイザー同士が話し合うというスタイルをとります。日本の中堅・中小企業のM&Aの場合はM&Aコンサルタントが仲介の役割を果たすことが多いです。