【書評】企業価値評価【実践編】(鈴木一功 編著)


【編著者紹介】
鈴木 一功(すずき かずのり)
1961年熊本市生まれ、1986年東京大学法学部卒業後、富士銀行入社。
1990年INSEAD(欧州経営大学院)MBA取得。
1999年ロンドン大学、金融経済学博士号(ph.D. in Finance)取得。
富士銀行にてデリバティブ業務を担当の後、富士コーポレートアドバイザリーM&A部門(現みずほ証券)チーフアナリストとして、企業価値評価モデル開発を担当。
2001年から2012年まで、中央大学専門職大学院国際会計研究科教授。
2012年3月より、早稲田大学商学学術院・大学院ファイナンス研究科教授。
2017年現在、同大学院にて企業金融・企業価値評価の講義を担当するかたわら、みずほ銀行コーポレートアドバイザリー部の企業価値評価外部アドバイザー。
『証券アナリストジャーナル』編集委員会委員。

【執筆者紹介】
小倉 千幸(おぐら ちさち)
立命館大学法学部卒業。
中央大学専門職大学院国際会計研究科修了((ファイナンス修士(専門職))。
野村證券の投資銀行部門勤務。未上場企業への上場アドバイス、上場企業への財務アドバイス・企業価値評価コンサルティング業務を経て、現在ファイナンス関連業務、再生アドバイザリー業務に従事。

奥山 勉(おくやま つとむ)
1987年早稲田大学政経学部卒業、西武クレジット(現クレディセゾン)入社。
財務部、関連事業部、関係会社・財団法人出向、信用企画部等を経て、現在、保険金融部勤務。

杉岡 清誠(すぎおか きよせい)
中央三井信託銀行を経て、現在、日本格付研究所(JCR)ストラクチャード・ファイナンス部アナリスト。

日本格付研究所(JCR)
https://www.jcr.co.jp/

田口 敏久(たぐち としひさ)
東海銀行入行後、桜通、大阪南支店を経て市場企画部から、証券子会社に出向後、同行戦略事業部にてUFJ統合に従事。
その後、日興コーディアルグループ財務部を経て、UFJ銀行復職。

長谷川 直彦(はせがわ なおひこ)
公認会計士。アーサーアンダーセン東京事務所にて日米の会計基準に基づく会計監査、デューデリジェンスや証券化・流動化などの業務に従事。
2001年より、新創監査法人に勤務し、監査及び税務業務に従事。

新創監査法人
http://www.shinsoh.co.jp/

長谷部 智一郎(はせべ ともいちろう)
公認会計士。監査法人トーマツ入所後、信託銀行及び事業会社の日米基準による会計監査、株式公開支援業務を経て、2002年より知的財産グループ事務局長。日本公認会計士協会「知的財産専門部会」委員。

平本 政規(ひらもと まさのり)
1990年一橋大学商学部卒業後、住友信託銀行入行。
公的資金運用部、証券管理部等を経て、現在、証券業務部勤務。。
日本証券アナリスト協会検定会員。

藤田 宏康(ふじた ひろやす)
証券業界団体に入社後、米国公認会計士資格取得。その後渡米し、Ernst & Young. LLPに勤務。
現在はNTTドコモ関連企業部にて主にて、主に国内出資案件審査業務に従事。

三河 武治(みかわ たけはる)
日興証券入社、営業職に従事。商社の経理部門勤務を経て、現在、ソニー・ヒューマンキャピタル管理部勤務。

溝口 和彦(みぞぐち かずひこ)
1991年神戸大学経済学部卒業、明治生命保険相互会社入社。
1997年同社退社後、上場を目指すベンチャー企業の財務部長等を経て現在、株式会社オーヴ経営企画室長。

【参考文献】
企業価値評価 – バリエーション:価値創造の理論と実践

【書評】
本書は全体を通じて単なる計算式の説明ではなく、その「変数」の定義や考え方について筆者の意見が色濃く表されている。企業価値評価はサイエンスとアートと言われたりもするが、その「アート」の部分についての深い洞察が他の書籍とは一線を画している。
また、本書は大きく分けて2部構成と言える。1部は、企業評価の手法であるエンタプライズDCF法の標準的実践プロセスについての説明の第1章がそれにあたる。2部はそれ以降の第2章から4章までであり、内容としてはそれぞれ「東京製罐」「カゴメ」「三共」という実際の事例と数字を元に企業価値評価を行うものである。ここまで細かく実際に企業価値評価の練習ができる本は他に無いだろう。私は企業価値評価の実務家ではないため、第2章以降はざっと目を通したまでになるが、第1章だけでも価値のある本だと思う。

【目次】
第1章 企業価値評価の実践プロセス
エンタプライズDCF法を用いて企業価値評価を行う場合の標準的手順をまとめる。プロセスは大きく4つのステージに分類され、さらに20のステップで企業価値評価を行う。その過程で、各種計算モデルにおいて日本企業を評価する場合に必要となる要素(変数)について、筆者の考え方をまとめながら説明する。
企業価値評価のフレーム
ステージ1 過去の業績分析
 ステップ1 財務諸表の再構成
  ・過去の財務諸表の収集
  ・要約貸借対照表の作成
  ・要約損益計算書の作成
  ・算定用貸借対照表の作成
  ・投下資産の計算

 ステップ2 NOPLATの算出
 ステップ3 フリー・キャッシュフローの計算
 ステップ4 ROICの要素分解とバリュー・ドライバーの算定
 ステップ5 信用力と流動性の分析
 ステップ6 業績の詳細な分析
  ・企業買収の伴う営業権(のれん代)の償却費をどう位置づけるか
  ・リース取引をどのようにオンバランス化し、有利子負債として再認識するか
  ・年金債務(退職給付債務)をどのように価値評価するか
  ・諸引当金や積立金をどのようにフリー・キャッシュフローや投下資産に分類するか
  ・少数株主持ち分をどう取り扱うか
  ・有形固定資産への投資で周期的に大きな投資がある場合にどのように平準化するか
  ・インフレの影響をどう予測するか

 ステップ7 過去の業績の総合評価

ステージ2 資本コストの推計
 ステップ8 資本構成の推定
  ・時価ベースでの資本構成の把握
  ・類似企業の資本構成の分析
  ・長期的目標資本構成の推定

 ステップ9 株式以外での資金調達コストの推定
  ・格付がBBB格以上の企業の負債コスト
  ・格付がBBB格未満(投資不適格社債)の企業の負債コスト

 ステップ10 普通株式に寄る資金調達コストの推定
  ・リスクフリー・レートの推定
  ・マーケット・リスクプレミアムの推定
  ・システマティック・リスク(ベータ)の推定
  ・普通株式資本コストの算定

 ステップ11 加重平均資本コスト(WACC)の計算

ステージ3 将来キャッシュフローの予測
 ステップ12 将来予測の期間と詳細の決定
  ・新規に透過された資本の利益率(ROIC_I : Return On newly Invested Capital)が一定になる。
  ・企業全体の投下資産利益率(ROIC)が一定になる。
  ・企業は営業利益の一定割合を再投資し、一定の成長率で成長する。

 ステップ13 シナリオの策定
  ・競合他社がまねできない価格、商品内容の組み合わせにより、顧客に対してより高い価値を提供できるか。  
  ・競合他社より低いコスト構造を実現できるか。
  ・競合他社より資本を効率的に運用できるか。

 ステップ14 シナリオの業績予測への転換
  ・売上高の予測
  ・予測損益計算書の作成
  ・予測貸借対照表の作成
  ・予測フリー・キャッシュフローの算出
 
 ステップ15 複数業績予測シナリオの作成
 ステップ16 一貫性と整合性のチェック
  ・バリュー・ドライバーの動向は業績や業界の状況と矛盾しないか
  ・売上高の成長率予測が、業界成長力とかけ離れていないか
  ・資本利益率予測は、業界の競争状況と矛盾しないか
  ・技術革新のスピードはどうか
  ・予測されている投資案件は実現可能か
  ・財務面の予測に不自然な点はないか

ステージ4 継続価値の計算と企業価値の算定
 ステップ17 追加順投資に対するリターン(ROIC_I)の算定
 ステップ18 継続価値の算定
 ステップ19 事業価値の算定
 ステップ20 企業価値の算定

第2章 【基本ケース】東京製罐
東京製罐を事例に、エンタプライズDCF法の基本手順を紹介する。東京製罐は、電炉法、すなわち鉄のスクラップを原材料に、スクラップを熱して溶かし、成分を調整しながら鉄鋼を清算するという事業を営んでいる有力企業である。基本的DCF法の手順の紹介に東京製罐を選んだ理由は、同社の事業はほぼ製鉄だけで多角化しておらず、また製鉄事業自体が短期間に極端な変貌を遂げるような業界でないことから、将来の業績予測やキャッシュフロー予測の基本形解いて取り上げるにふさわしいと考えたからである。本書の予測手法は簡略なものであり、大半の読者にとっては、本書の基本形だけでも十分に、日々の企業価値評価のニーズには対応できるだろう。
ステージ1 過去の業績分析
ステージ2 資本コストの推計
ステージ3 将来キャッシュフローの予測
ステージ4 継続価値の計算と企業価値の算定

第3章 【事業部別ケース】カゴメ
カゴメを事例に、事業部門毎の価値算定の手順を紹介する。カゴメは、食品、飲料の製造を主たる事業とするメーカーである。同社を事例として取り上げたのは、投資家への情報開示に積極的で、詳細な部門別数値が入手可能だからである。本来ならば、事業部門の価値評価には各部門の詳細な内部財務データが必要であるが、ここでは開示情報のみに基いて、さまざまな仮定を置きながら各部門の価値評価を算定する手順を説明する。本章の手順は、より詳細な内部データによって、事業毎の価値を算出する際のヒントとなるであろう。
ステージ1 過去の業績分析
ステージ2 資本コストの推計
ステージ3 将来キャッシュフローの予測
ステージ4 継続価値の計算と企業価値の算定

第4章 【詳細分析ケース】三共
三共を事例に、より詳細な主力商品毎の将来予測に基づく事業・企業価値評価を行う手順を説明する。三共は、日本の製薬会社で第2位の企業である。同社を事例として取り上げたのは、製薬会社においては、研究開発、臨床試験、新薬としての発売、特許切れ、という取扱製品のライフサイクルが、企業業績に大きな影響を与えるため、総売上だけではなく、商品毎の詳細な分析が不可欠だからであろう。仮に社運をかけて企業買収や合併(M&A)を行う場合には、本章のような主力商品まで立ち入った分析手順を参考に、価値評価を行うべきであろう。
ステージ1 過去の業績分析
ステージ2 資本コストの推計
ステージ3 将来キャッシュフローの予測
ステージ4 継続価値の計算と企業価値の算定